【読書】学びとは何か―〈探究人〉になるために/岩波新書/今井むつみ著

読書

はじめに

Twitterで子育てアカウントを開設してから、早一年。

SNSには少し苦手意識があったけど、勇気を出して始めてみてよかった。

リアルでは話しにくい「子どもの教育」について、自分の考えを発信したり他人の考えを聞いたりできる場所は、すごく貴重だと感じたから。

おかげさまで我が家の教育目標もなんとなく見えてきた。

娘には「探究心の強い子」になってほしい。

そんな想いで手にしたのが本書だった。

探究エピステモロジーを持つ

知識は自分で発見するもの。使うことで身体の一部にするもの。システムの一部であること。そしてシステムとともにどんどん変化していくもの。このエピステモロジーはまさに探究を招くエピステモロジーである。探究人を育てるということは、このエピステモロジーをいかに育てるかというところから始まる。

「たくさん覚えることが大事」というドネルケバブ・エピステモロジーを親が持つと、できるだけたくさんの知識を効率よく得ることが子どもにとってもよいことだと考える。<中略>かくして子どもは小さいころから「教えてもらうことを覚える」のに慣れ、それが当たり前だと思ってしまい、生来実践していた「自ら発見する」ことをしなくなってしまうのである。

探究人を育てるために、「知識は自分で発見するもの」「使うことで身体の一部にするもの」という認識を育てることが大切…という部分、なんとなくわかる気がする。

私自身、我が子を観察したり、本を読んだりしながら「もしかしたらこうなんじゃないかな」と仮説のようなものを発見して、そのことを実際の子育てに活かしていくのが楽しいから。

楽しいからこそ「子どものことをもっと知りたい!」という気持ちが湧いてくる。

受験勉強、大学の勉強(法律)、仕事の勉強(金融系)、どれもあまり面白いとは思えなかったので、今こうして心から知りたいと思えることが見つかって本当に嬉しい。

こんな風に、私はけっこう遠回りをしたので、娘にはもう少し若いうちから探究したいことを見つけて充実した日々を送ってほしいと思う。

幼児教育の注意点として、多くの人に見落とされがちなのもこの点ではないかと思う。

最初から知識を与えすぎて、本来「発見の天才」である幼い子どもから発見の機会を奪ってしまうこと。

そうして、学ぶことの楽しさは「発見」にあるということを子どもが見失ってしまうこと。

それは、長い目で見れば、無理強いして子どもを勉強嫌いにしてしまうことと同じくらい怖いことなのかもしれない。

教育環境は整えて、その中でなるべく自由に過ごしてもらい、どんどん自分で発見しながら学んでもらう…というスタンスがちょうどいいのではないかと思う 。

親も探究人であること

子どもが探究人であるためには、親も探究人のエピステモロジーを持ち、探究人になることが欠かせない。小さい子どもほど親の価値観に敏感である。親自身が探究エピステモロジーを持つ探究人であれば、子どもがそのエピステモロジーを持つようになる可能性は非常に高い。

親が「学ぶこと」をどういうものだと捉えているのか。

親自身の学習観というものは、日常の何気ないやりとりの中にあらわれて確実に子どもに伝わっているはず。

本書を読む前から、なんとなくそんな風に思っていた。

子どもを導く技術を身につけることも優れた教材を探すことも、もちろん大切。

でも、子どもの探究心の育ちに一番強く影響するのは、やはり親をはじめとした周囲の人間の価値観ではないだろうか。

例えば、子どもと博物館に行ったとき。

何かを教え込もうとする親より、子ども以上に目を輝かせて展示物を見ている親のほうが、子どもの探究心をぐんぐん伸ばせるような気がする。

日々、世界を興味深い目で見つめている親御さんには、私がいくら小手先の技術で我が子を導こうとしてもおそらくかなわないのだろう。

探究心に限らず、生活態度、他人への思いやり等、幼い子どもは周りの人間を模倣して学ぶ生き物だと思う。

まずは、我が子にとって一番身近な人間である自分が「よい見本となる生き方する」ということを心がけていきたい。

おわりに

探究の対象は、音楽でも、スポーツでも、料理でも、自分の好きなことなら何でもいいのだと思う。

夢中で知り、考え、実践できる物事が見つかると、人生の充実度がグッと上がるはず。

子どものためだけではなく、自分自身のためにも、探究心を持つことを大切にしていきたい。

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